「添乗員さん、これが最後の旅なんですよ。」
摩周湖を望む展望台で老夫婦が言った。
「そんな事言わないでください。また参加してください。」
老夫婦は優しく微笑んで湖を見ていた。
旅は楽しいもので、お客様の思い出に残るものにしたいといつも思っていた。
「今回の旅では目的の上高地には行けなかったが、君たちが必死に走っている姿を見ることができて良い思い出になったよ。」
別のツアーで言われた事があった。
実際に現地に行かずに机上でツアーをプランニングする大手旅行会社の企画担当者。
その頃、大手旅行社では仕入担当、ツアー企画担当などと別れていたため、
旅行の現場で添乗員は大変な思いをすることが多かった。
その日のツアーで、僕は団体予約されていたレストランを担当者に確認することなくキャンセルした。
担当者は休みで連絡もつかず、そのレストランに着くのが夕方になりそうだったからだ。
僕は派遣の添乗員だったので、ツアー主催会社には出入り禁止になるかもしれないと思ったが、お客様に迷惑をかけてしまうと思い積み込み弁当を手配した。
サービスエリアで時間を取ると更に行程が遅れてしまうので、バス車内で食べていただくのがベストと考えたからだ。
宿に着いたのは、もうすぐ日が変わる頃だったが食事も用意していただていた。
翌日、予定よりも早く出発したのだが、上高地に向かう安房峠で渋滞が発生し、乗用車同士はすれ違えてもバスはすれ違える場所が限られている。
そこで、僕とバスガイドさんで対向車に止まっていただけるように走り続けた。
それでも松本駅から乗車する「特急あずさ」に間に合わなさそうだったので、その事をお客様に伝え上高地の観光を諦めていただいた。
誰一人反対するお客様はいなかった。
こんなツアーで本当にお客様には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だけど、これが雇われ添乗員にできる最善の事でしかなかった。
自分でツアーを企画してたら往復ともに列車を使うとか考えられていただろうと、旅行業を自分でやりたいという気持ちが増していった。
年老いて旅に行けなくなるなんて考えた事もなかった。
人生は旅に喩えられる事があるが、
飛行機や列車での長旅は出来なくなっても、
家の近くで紅葉をみたりすることだって旅なのかもしれない。
春には桜を眺め、また来年も花見が出来ることを願う。
一年一年と歳を重ねて行く。
吉野の千本桜はきれいだったなと旅を思い出す。
旅が当時のことも思い出させてくれる。
やっぱり旅って良いものだ。
出来ることなら旅行会社で終わりたかった。